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復活なるか


by t-mac
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また先に行ってしまう彼

サッカー:【号外】ひとつの時代の終わり…中田英寿 現役引退

サッカー部でもなかった自分が何故それほど夢中になったのか、今となっては皆目見当もつかないが、1982年のワールドカップ中継に感激し、深夜・早朝の中継に釘付けになっていた頃は日本がW杯に出場するなんてことは想像もできなかった。W杯終了後も特集雑誌を夢中になって読み、興味を持って観戦した日本代表の試合を見てはため息をついたものだった。

メキシコオリンピックでの大活躍は知らなかったわけではなかったが、所詮はただの伝説、TVで見る日本代表のサッカーはW杯で行われているスポーツと同じものとはとても思えなかった。

W杯USA大会への切符を「ドーハの悲劇」で逃した時には、やっぱりまだまだW杯は遠いんだと、ひょっとしたら、と思った希望を、悪いことをして見つかった子供のようにあわててしまい込んだ。

それでも、Jリーグにより活気づいたマスコミに扇動されてか、日本代表の試合は機会があれば見ていた。そして、W杯フランス大会の予選を見ているうちに、それまでの日本選手とは一風変わった選手に目が止まった。パスが速い。驚くような場所に出されるパス。その多くはパスを出した相手に渡っていなかった。最初はどこに蹴ってんだよ、と思った。しかし、見て行くうちに、あそこでパスを受けていれば、すごいチャンスだったな、と思うようになった。

正確なタイミングは忘れたが、興味を持って覗いたホームページでのメッセージに意外で多彩な面を見せられ、興味を惹かれるようになった。サッカーだけでなく、マスコミに対する考え、普段の生活の何気ない風景。もっともっと彼を知りたい、と思うようになった。

W杯後、生活にそれほど余裕があったわけでもないのにWOWOWと契約することを決めたのは、映画やレース中継が理由だったからではなかった。セリエAの試合を見るためだった。深夜の中継だったが、次の日の仕事も忘れ、画面に熱中した。デビュー戦のユベントスとの試合は、まるで自分の親友が活躍したかの様に驚き、喜んだことを今でも鮮明に覚えている。

すっかりペルージャのファンになり、たとえ負けようとも毎試合が楽しみで仕方がなかった。ブッキやペトラッキ、自分がまるでチームにいるかのように感じていた。そして海外で言葉の壁をものともせず、周囲と対等にコミュニケーションをとりながら活躍する彼の姿はとてもまぶしく見えた。

分野もレベルもまったく違ったが、渡米を決断した際にも、自分も日本から出て頑張ろう、と彼の存在がある意味励みになった。渡米後苦しかった時期も、セリエAでチームを変わって不遇と思える立場でも不平を一切言わずひたすら努力していた彼が(お門違いだろうけれど)とてもいい励みになったし、男としてカッコいい、と憧れさえした。

時折発せられたチーム批判ともとれる発言も、自分にとってはチームを鼓舞する、もしくは引っ張ろうとする発言に思えた。しかし、自称日本代表サポーターの大学院生、S君にはそうとは思えなかったらしく、言いたいことは分からなくもないが、もっと違う方法があると思う、そう言われてふと思った。彼の姿勢、彼の気持ちは果たして他のメンバーに伝わっているんだろうか?と。普段の彼がどの程度饒舌かは知らないが、口数が決して多くないもの同士として(苦笑)周囲に理解されていたのかとても心配になった。

そして—冒頭の八百屋さんのエントリからも更に遅れること12時間以上。今日一日ネットサーフする時間があまり取れず、研究者その他の一部のブログをまわったに過ぎないが、それでも7割近くのブログで触れられていただろうか。ちなみに剣豪、というご意見には賛同できかねる(笑)

ハーバードのMBA?それも彼らしい。否も応もなく、今後も彼は世間の注目を集めることだろう。いつの日か、人生を楽しむ友人の一人になれたらな、そんな思いは子供じみているだろうか?そのためには、自分もよりいっそうの努力が欠かせない(笑)
by tomo_macintosh | 2006-07-05 18:02 | くらし